2007年9月

第18回
誕生日


子どもの誕生日が近づくと、決まって思うことがある。赤ちゃんの誕生。そして「お母さん」の誕生について。

子どもがお腹にいるとわかった時、私はすぐにだんなに電話をした。だんなは受話器の向こうでジャンプして、焼き鳥をお土産に帰宅。

私らだけじゃなく、おばあちゃんやおじいちゃん、そのほかたくさんの人が、赤ちゃんを心待ちにした。

そうして子どもが生まれた日、私は「お母さん」になった。部屋にいると、看護婦さんが赤ちゃんを抱いてやってきた。

「お母さん、おっぱいやってみる?」

そう話しかけられ、周りをきょろきょろ。もしかして私のこと? ちょっと間が空き「・・・はい」と返事。照れくさいようなくすぐったいような気分だった。

受け取った子どもは柔らかくぐにゃぐにゃで、どう抱いたらいいのかさえわからない。小さな口に、どうやっておっぱいをくわえさせるの。おっぱいなんて、ホントに出るの。「目を見て授乳」と言うけれど、そもそもこの子、どこ見てんだかわかんないし。

ひとつひとつがおっかなびっくり。何もかもが手探りのスタート。私は確かに生んだ瞬間、物理的には「お母さん」になった。でもね、気持ちまですぐにはお母さんになれなかったよ。眠いよ、休みたいよ、座ってごはんが食べたいよ。どうして泣くの?痛いところでもあるの? 泣き続ける子をゆらし、一緒になって泣いたこともあったっけ。

砂時計が落ちるように時が過ぎ、少しずつ赤ちゃんがわかり、お母さんらしくなってきたんだ。

いつか誰かが言っていた。「ゆっくりお母さんになっていくことを認めてほしい。世の中は、子どもを生んだらすぐに立派な母親になることを望みすぎる」って。

私なら、母親として歩き始めた人に「がんばってるね」「大丈夫、ちゃんと育っているよ」と言ってあげたい。張りつめた気持ちに、「しっかりしろ」「目を離すな」なんて言葉は痛すぎたから。

なのに、笑っちゃう。単純なもので、あったかい言葉やまなざしを贈られると一瞬で、心が綿菓子みたいにふんわり膨らむの。そうして気持ちがまあるくなると、また抱っこしてゆらす気力が湧き出すんだ。

「さ、リセット、リセット!」って。

始めから立派な母親なんていない。子どもが生まれた日が、あなたのお母さんとしての「誕生日」。だから子どもが育つ歩幅で、ゆっくりゆっくりお母さんになっていこう。

「がんばってるね」

「大丈夫、ちゃんと育っているよ」