2006年8月

第5回
おばあちゃん


今日も真夏日。この暑さ、もうどれくらい続いているのだろう。最後に雨が降った日を数えるには、足の指まで動員しなければならない気分。

そうめん、冷やし中華、そうめん、冷やし中華と、延々繰り返される夏休み。何を思ったか今日は、熱々の鍋焼きうどんにしてしまった。脳みそがやられたのだろう、きっと。

「陽だまりサロン」も、今は夏休みをとっている。

先日それを締めくくる、一大イベントが盛大に催された。前回触れた「お稲荷作りとスイカ割り大会」である。近所に住むおばあちゃん達が、何から何まで用意してきてくれた。ありがたや、ありがたや。

みんなで歌った海の歌。年輪の刻まれた手からうまれる、お稲荷さん。目隠しでスイカに近づく子どもを眺める、暖かな眼差し。

「こんな人たちに囲まれていたら、みんないい子に育つだろうな」

ふと、そんな思いが頭をよぎった。

かくいう私も、おじいちゃん、おばあちゃんと暮らしていた。だからこんなにいい子に育ったのだが(え?)。ホンネを言うとお年寄りと接するのはちょっと苦手。どう話しかけていいのか、どう触れたらいいのかとまどってしまうのだ。

「一緒に暮らしていたのに、なぜ、こんなふうに思っちゃうんだろう」

この想い、長いこと心に引っかかっていたクセして、いつもふたしてやり過ごして来た。それが今、このおばあちゃん達を前に、幼い私がフラッシュバックした。

冷たい空気の漂う家で、私は18まで過ごした。両親は確かに、私たち兄妹を愛してくれた。けれど父と祖母の折り合いが悪く、ふたりがいる場では会話のない家族だった。

<物心ついてから亡くなった母>の面影を追い求めた父は、後妻に入った義母に心を開けなかった、と後になって聞いた。祖母の姿を避ける父を、いい感情を持てない父を感じて、私は育った。

時を経て、結婚した夫もまた、おじいちゃん、おばあちゃんと生活した人だった。物腰が柔らかく、よそのご老人にもごく自然に声をかける夫に、不思議な感覚を覚えた。

夫の家は、お世話になっているお医者様が「お日様に干した布団みたいに、あったかいご家族」と言うほど、優しく、光に満ちて、当時健在であった祖母を真ん中に成り立っていた。夫は、その中で育ってきた。

親は何も語らずとも、その態度で、その心で、子どもを導く。

「子育てをすると、自分自身の有りようが試される」「自らの人間性を見せつけられる」と言う人がいる。

今まで「なんのこっちゃ?」だったけれど、こういうことを言うのかもしれないな。

お年寄りを前に、すぐには平気になれないだろう。つなぐ手に、一瞬抵抗を感じるだろう。それでもいい。少しずつ、少しずつ、近づいていきたい。本当は大好きだったばあちゃんに、今度こそ思いっきり甘えるような気持ちで。

隠し続けた心の闇を解放し、ここから新たな一歩を踏み出そう。