2006年9月

第6回
やわらかくしなやかに


サロンに出す麦茶を作っていて、ふと学生時代の一こまが脳裏をかすめた。

時は夏。ところは弓道場。天高くかかげた弓を、きりきりと張り下ろす。セミの鳴き声も、練習用の巻き藁のにおいも、ぎらぎら照りつける太陽の熱さえも、すべて遮断したような、独特の空気感。

1秒、2秒。。。パシッ! 的を射抜いた矢の音が胸をすく。次の瞬間、周りの喧噪が一気に戻る。

「あぢぃ、あぢぃ」 袴をバホバホして涼をとる友人。

「飲み物買ってくるよ〜。何がいい?」 弓を立てかけつつ声をかける私。

「コーラひとつ」「レティひとつ」に混じって、「むとうのお茶お願い」とだれかが言う。 「ほんじゃ、ちょっくら行ってきま〜す」

近くのコンビニで、コーラとレティ、私はいつものコーヒーを手にする。残るは「むとうのお茶」。なのにそれだけ、どんなに探しても見あたらない。

「おばさーん、むとうのお茶ってどれ?」
「はい、これだよ」
「これって、おばさん、伊藤園じゃなくってさ、むとうのお茶がほしいの」
「そりゃあんた“むとう”って言うのは“無糖”のことでしょ?」
「ええ!? 伊藤園があるくらいだから、武藤ってメーカーもあると思ったあ」

店内の大爆笑を背に、猛ダッシュで逃げ帰る。あ〜あ、行くんじゃなかった、かえって大汗かいちゃったよ。

あれから早20年(マジ? 今数えてすっっごい焦った)、道場で汗を流した友はみな、それぞれの道を見つけて歩いている。

これからの10年、20年、私が見つけた「陽だまりサロン」はどう変わっていくのだろう。今来ている子どもが、今度はママやパパになって通ってくれるかな。親子3代連れ立ってきてくれたら、私が望んだ多世代交流が自然にできるな。でも待てよ、20年もすれば私自身、孫がいたっておかしくないか。

「亜紀、充実してるんでしょう。楽しくって仕方ないって顔してるよ」

先日、久しぶりにあった旧友にそんなことを言われた。にやけた顔だとばかり思っていたが、充実したと思われる顔になったとすればそれは、私を支えてくれた多くの人のおかげ。

無鉄砲な私の性格を知ってか知らずか「いけいけ!」と尻をたたいてくれた人。「大丈夫、この道を行きなさい。ここに来た子はみんないい子に育つわ」と言ってくれた人生の先輩。「私もいつか、自分の事業を起こしたい」と、志を同じくした仲間。

あの時一歩踏み出せなかったら、だれか一人でも欠けていたら、今の私はなかっただろう。

そんなことを思う時、今まで出会ったすべての人に感謝せずにはいられない。その人のために、そしてこれから出会うだれかのために、何かの形で力になりたい。私に何ができるだろう。小さな小さな私だけれど。

開店5分前。できたての麦茶をサロンに並べ、穏やかなBGMをかけて扉を解き放つ。見るともう、小さな女の子を抱いたお母さんがやってきた。

「おはよう、早起きさんだったね」 マシュマロのような手を握り、小さな瞳をのぞきこむ。

おおざっぱな性格ゆえに、計画性も信念も持ち合わせていない。けれどそう、こんなふうに、笑顔で人を迎えながら、やわらかくしなやかに、これからの歳月を重ねていきたい。