2006年12月

第9回
スプーンおばさんの魔法


この秋もまた、丁寧な手紙と共に新米が届いた。

「亜紀ちゃん、元気でやっていますか? 私の方は、大変ながらもなんとかやっています。今年もおいしいお米がとれました。サロンの皆さんで召し上がってください」

スプーンおばさんみたい。彼女に初めて会った時、そう思った。小さな体でにこにこと微笑む彼女は、けれど内に強い闘志を秘めてたたずんでいた。

時は2年前にさかのぼる。地域に役立つ仕事をする、という意味のコミュニティービジネス。耳慣れないこの仕事を広めようと、県は期間限定で普及チームを作り、体当たりで取り組んでいた。

その事業の一環であり、目玉であった「公開オークション」(自分のプランを公の場で発表し、それにかかる人材、物、資金の提供を募るイベント)に、彼女も私もエントリーしていた。

「緊張するわね」

事もなげに話す彼女といるとなんだかホッとした。

「そんなふうには見えませんけど」

くすくす笑いながら、気負いを紛らすようひとしきり話しに花を咲かせた。

彼女は自宅を改築し、「元気でネット」という介護事業所を開くと舞台で発表した。今まで看護士として30年間医療に携わってきたこと、もっと患者の身になって世話ができないかとずっと葛藤してきたこと、そのためには自分で納得のいくやり方で再スタートを切る決心をしたこと、等々。

私も彼女も、必要資金獲得までは遠く及ばなかった。だが「やめる」という選択肢は毛頭なかった。

「お互いに、ここからがんばりましょう」

力強い握手をして、それぞれの道へと別れた。それから数ヶ月後、一足先に起業した彼女の記事が新聞に取り上げられた。あの時と同じ笑顔。あの熱い手を、ご老人の足に添えて語りかける写真。

「わぁ、スタートしたんだ、おめでとう! 私もこうしちゃいられないぞ」

嬉しさと共に、なんだかそわそわ落ち着かなかった。私も走り出さなくちゃ、と・・・。

それから毎年秋になると、彼女が作った新米が送られてくる。今年は三角おむすびにして、サロンのお楽しみ会でいただいた。みんなの心にも、彼女の強さと優しさが宿ることを願って。

その日サロンは、ひときわ暖かさで包まれていた。それは、スプーンおばさんのかけた魔法のせいかもしれない。

「ありがとう、私も元気でやっています」

いつまでもいつまでも続くにぎやかなおしゃべりに、彼女と、そしてここに集うみんなの幸せを祈った。