2007年4月

第13回
梅のつぼみ


庭のクロッカスが咲き始めた。冬の間土の下に眠っていたチューリップも、青い葉を伸ばし始めた。

春。。。なんだよね?

いつもの年と違って「雪が溶けたー」とか「太陽が見えたー」といった感慨がないため、今いち春になった実感が乏しい。

そんな中、息子が小学校に入学した。初めて着る大きめのスーツ。袖をひとまくりして、背中には黒光りする真新しいランドセル。学校までの道のりを、とりとめのないおしゃべりをしながら手を繋いで歩いた。

「あなたはねぇ、赤ちゃんの頃とってもかわいかったんだよ」

「へー、そうなの」

「でもだんだんきかん坊になって、いたずらっ子になったの」

「おぼえてる。よそのひとのくるまにいしなげたんだよ」

「自転車で公園の階段降りて、頭から血を流したりね」

「あのときはびっくりしたなー、おかげさまで」

「でもお母さん、今日はとっても嬉しいの。なんだか胸がすっきりしてね、みんなに誇りたい気分なんだ」

「そっかー、ほこりがあったらおそうじだね。ぼくはきんちょうして、むねがひくひくするよ」

振り返れば私も、子供を生んでからの数年間「親の気持ち」というものを味わってきた。赤ん坊を自分の手で育てることになった喜びと不安。初めて保育園に預けた時の、爽快感と共に訪れた物寂しさ。

参観日には「あら?後ろに立つ身になったんだわ、私」と気恥ずかしさが込み上げたっけ。

そうしてそんなつれづれに、「確かに私も、こんなふうに見守られていた」という強い確信を得、親へのありがたみを痛感してきた。私も、気付かないうちにたくさんの愛を受け取ってきた。たまにする親孝行らしき行為では、とてもとてもお返しできないほどに。

人はきっとこんなふうに、親の立場を経験することで、自分が受けた愛情の重みを知るのだろう。

これから先は親として、どんな思いを味わうのかな。

受験のこと、一人暮らしの心配、お金に困っていないかなどなど。それからもう何年かしたら、就職や結婚にやきもきしているのかもしれない。なんだかそれを考えると、抱っこしてチューできるのも今のうち、思う存分楽しみたくなる。

「今・この時」を、慈しみながら、いとおしみながら大事に時を重ねていこう。それが、遠回りでも確実に、「家族」という樹を支える土壌づくりになる気がして。

親子で見上げた梅のつぼみ。「ぼくもおっきくなるからねー」と笑った新一年生の横顔が、まぶしかった。