2007年8月

第17回
ひらめく


「ひらめき」とは摩訶不思議なものである。なんとかしてアイディアを絞り出そうと、うんうん唸っている時は一向に出てこない。そのくせ、そんなことすっかり忘れた突拍子もないところで、突然降って来たりする。

私の場合はだいたい、サロンの長期休みにやってくる。オープン最初の夏休みには、ベビースリングに出会い「これを秋田のママに広めなくっちゃ」と鼻息荒く制作にかかった。

こないだの冬休みには「秋田を元気にするぞ!」と、エクササイズ講師と組んでの笑福講座を、アドレナリン全開で話し合った。

さて次なる休みには何が来るのか、自分でも楽しみにして迎えた夏休み。私は家族と、とあるキャンプ場にいた。

あいにくの雨。晴れ間を見つけては、散歩に出かける父と子どもたち。私はここぞとばかり読みたい本を3冊も持参した。なのに、あることが頭から離れずページは止まったまんま。

「今後の動物園に望むことは?」

その問いが私の脳の90%を占めていた。それは数日前に、大森山動物園の園長さんからいただいていた宿題だった。

「動物園でしょー? ・・・ってことは観光施設だからさ、楽しい方がいいよね。せっかくだからディズニーランドみたいにスタッフが笑顔で迎えてくれて、ペンギンのパレードなんかが毎日あったらいいよねえ」そんなことが途切れ途切れに浮かんでは消えていく。

けれど私は、動物園の施設そのものよりも、園長さんご本人が気になる存在だった。なぜか?

それはこの園長さんのご講演が深い感動を呼んでいると、風の噂で聞いていたからである。動物を通して語られる親子のつながり・命・愛情。そういったものが聞く人の胸を打つのだと。

「それをもっと・・・世の中に・・・広めてほしいな・・・」

ぼんやりと考えながら、いつの間にか本を投げ出し眠りこけていた。

どのくらい時間がたったのだろう。その時である、次なる私の行動を示唆するひらめきが「降って来た」のは。

私は文字通りガバッと飛び起き、いても立ってもいられずに、そこいらにあった紙にそれを書き殴った。

「今までの経験を通して感じた、命の重さを伝える。家族の絆の尊さを伝える」

陽だまりサロンを興して3年、さまざまな立場の人に出会ってきた。幸せな人ばかりではない。悲しみに押しつぶされそうな人もいた。離婚に揺れる人、不妊に苦しむ人、死産・流産に泣く人、夫や子どもの死に直面した人。

そのたび私は言葉が足りず、慰めのひとつも言えなかった。そんな自分が情けなく、もどかしかった。

「もっと優しい人ならば、気の利いたセリフがはけるかな」

「もっと賢い人ならば、行くべき道を示せるのかな」

そんな問いを繰り返しながら、なんにもしてあげられない自分が悔しかった。ただ一緒に泣いてあげることしかできない、ちっぽけな自分が。

けれどそれにより、たくさんのことを考えるきっかけを与えられた。私にしか感じ得ない気持ちもあっただろう。私なりに咀嚼した言葉もあっただろう。それを、その感じたままを、たくさんの人に聴いてもらえたら。ひとつの命が、どれだけ周りを幸せにしているか気付いてもらえたら。そうすることで、子どもに振り下ろそうとする手を止められるかもしれない。もっと子どもを、もっと家族を愛おしく思ってもらえるかもしれない。

今秋田は、自殺予防に多くの人が動き始めている。昨年は幼児虐待による殺人事件が相次いだ。そんな今だからこそ、親子に関わる仕事をしているからこそ、そして秋田に住んでいればこそ、伝えられる何かがきっとある。

園長さんのように巧みに話せはしなくても、自分の言葉で届けたい。それを次なる私のライフワークにしていこう。

「おかあさ〜ん、クワガタいたよ」

「あっちの沢に、ミズがはえてた。夕ご飯に食べようぜ」

「お帰り、いろんなものとってきたね。それじゃ、ごはんの支度にかかるとしますか」

あらら、あっという間に母親の顔に逆戻り。でもこれが、幸せなのかもしれないね。 

「ひらめき」は突拍子もないところで突然降って来る。あなたの、次のひらめきはなんですか? それに素直に耳を傾けることで、道が開けるかもしれません。