2007年10月

第19回
輝く未来のために


秋、深し。突然めっきり寒くなり、慌ててタンスの奥から長袖を引っ張り出す。その上にまたジャンパーなどはおり、散歩にでかける。

ちょっと歩いただけでも、あるわあるわ秋の恵みが。栗に柿の実、ぎんなん、あけび 。さつまいもの葉も、青々と茎を伸ばしている。お山のリスは、せっせと木の実を蓄えるのだろう。

最近、子育て中のママたちを見ていると「なんて時間の使い方が上手なんだろう」と思う。小さな子どもを連れてのお出かけなんて、出てくるだけでも大変なのに、身綺麗にしていつもきらきらと輝きをたずさえて。しかも、ちゃーんと手作りのお弁当を持ってきたりして。

「何時に起きるの?」「お弁当作るのって面倒じゃない?」

そう尋ねても「子どもに5時に起こされるから」「だんなの弁当を作るついでに」なんて、サラッとしたもの。万年、だんなに業者のサンキュー(390円)弁当を食べさせている身には耳が痛い。

向上心も素晴らしい。「保母さんとして働きたくて」「自宅で教室を持つのが夢なの」と、それぞれが心に決めた道に向かう。通信講座で資格取得に向かう人、アロマやリラクゼイションの勉強をする人、ミシンや紙に向かって作品を作る人。

それは、一人ひとりが自分の中の「光源」を見出し、より一層のきらめきを与えていく作業。魂の声に従い、まっすぐ真摯に取り組むその姿は、何ものにも変えられないほど美しい。

ああ、だから彼女たちは眩しいほどに光り輝いているんだな。

子育て中って時間がないようで、いいえ、ないからこそぎゅっと凝縮した濃密な時間が持てるんだろう。「赤ちゃんが寝ている今のうち!」と思えば、自然、密度の濃い時間が生まれるから。

私はその頃、子育ての小冊子を作っていた。とにかく抱っこしていないと泣く赤ちゃんを、生まれて3ヶ月はずっと肌にひっつけて、それでも何かがしたくって。左手で赤ちゃんを抱き、整理ダンスに原稿置いて、右手でペンを走らせていた。先なんてわからなかった。ただただ無性に書きたくて。

「子どもがいると何にもできない」。そう思った時期もあるけれど、それは間違いだったと今ならわかる。子どもがいたから、あんなにエネルギーがわいて、前に進んで行けたのだと。子どもと一緒にいる時も、決して無駄にはならないのだと。

それはその後飛び出すための、たっぷりとした助走期間だったのかもしれない。そういやミスチルも「長く助走をとった方が、より遠くに飛べる」って歌ってたっけ。

今朝も外は、お風呂前に冷凍庫に突っ込んだビールみたいにキーンと冷えている。この静かな秋。「蓄え」るには最適な時期なのかもしれない。さあ、きらきら輝く未来のために、あなたは何を蓄えますか?