2008年8月

第29回
初女さんのおむすび


「うわ〜、ご飯が盛り上がってる!」

ほかほかと真っ白な湯気の立つお釜に顔寄せ合って、私たちは歓声を上げた。

「おいしく炊けた時は、ご飯の真ん中が盛り上がるんです」

静かにそう話してくれたのは、弘前に住む佐藤初女(さとう はつめ)さん。心の病んだ人を受け入れる活動を、もう何十年も続けている方だ。 

訪れる人の話をじっと聞き、心を込めて食事の支度をする。彼女のおむすびを食べて、自殺を思いとどまった人もいるのだとか。

「おいしく炊けた時は、ご飯の真ん中が盛り上がる」。ひとり暮らしを始めて、ご飯を炊くようになってから20年とちょっと。そんなこと、今まで知らなかった。

そういえば私の炊くご飯は、いつも真ん中が凹んでいた。だけどみんなが驚くくらいだから、私だけじゃないのかな。なんて。変に安心したりして。

おむすびなんて誰だって握れる。ご飯だって、へたっぴでも炊くには炊ける。食事の準備だって毎日してる。

でも、初女さんのそれは何かが違う。

彼女の発するひと言ひと言は、心に染み入る浸透力がある。彼女の行うひとつひとつは、降り積もる雪のような感動がある。

なぜ?

「初女さんの話は全て行動にもとづいているから」と言った人がいる。言葉は単なる伝達手段ではなく、その人の生き方が乗り移る。だから物事に本気で取り組んでいる人の言葉は、話している内容が同じだとしても、そのエネルギーが全く違うのだ、と。

私は今まで、本気になって何かに向かってきたかな。自分の言葉で語れる仕事をしてきたかな。人の心を動かす生き方をしてきたかな。

胸張って「イエス」と言えるものは何もない。でも。

今できなくとも10年後。ほんの1ミリ、人の心に届く言葉を発せられるよう。震度1程度、誰かの心を動かすふるまいができるよう。成すべきことを真っ直ぐに、目をそらさずにやってみよう。

それは、子どもと向き合って話すことかもしれない。青空にパンパンと、シャツを伸ばして干すことかもしれない。訪れた人を「よく来たね」と笑顔で迎え入れることかもしれない。

「今を大事に生きていれば、必ず芽を出し花を咲かせる」

初女さんの言葉を胸に、今目の前にあることを大切に日々を紡いでいきたい。