2009年10月

第43回
愛情を測る定規


朝の空気に身が引き締まる季節となった。
木々たちも赤に黄色にだいだいに。
うろこ雲を見上げては「今日はサンマにしようかな〜」と思いを巡らす、秋。

子ども達が家に入る時間も早くなった。
「今日は何して遊んだの?」
「ぼくねえ、おにごっこで転んじゃった」
「うわ〜、痛そう。泣いたでしょ」
「泣かなかったよ。がまんしたもん」

ふんわりぎゅ〜っと抱きよせる身体。
まだ上気したそれからは、ほかほかとさつま芋のような湯気がわく。
冷え性の私には願ってもないあたたかさである。

こんなふうにじゃれ合いながら、子どもの話しを聞くひとときが好き。
子どものにおいを、肌を、声を、まるごと包み込む感覚が好き。
けれどそれは私にとって、自然にできることではない。
心がけて生み出す時間だ。
小さな私が父からしてもらいたくて、だけどしてもらえなかったことだから。

父はもともと無口な人だった。
話しかけてもぴくりともしない。
新聞や本に目を落としている背中が、私にとっての彼の象徴。

話しを聞いてもらえない自分。
空気のような自分。
「私は必要ないのかもしれない」
「私は嫌われているんだ」。
小さな私はそう信じていた。

その誤解が解けたのは、嫁ぐ日だった。
親戚に言われたのだ。
「あなたの父さんは、飲めばあなたのことばっかり話していたよ。
 あなたのことがかわいい、かわいいって。そればっかりだったよ」

その言葉にとめどなく涙があふれた。
私は愛されていたんだ。
確かに父に愛されていたんだ、と。

ただ私は、もっとわかりやすいカタチで愛してほしかった。
心の中で思っていても、伝わらなければ「ない」のと同じ。

愛情を測る定規なんて人それぞれ。
「その人がどう感じたか」、それが全て。
「好き」を表す手段ならいくらでもある。
そしてそれは、受け手が望むもの、わかりやすいものであってほしいと私は願う。

ぐーんと視界が高くなる肩車に。
帰った時に迎えてくれる「おかえり」の低い声に。
たばこの匂いと共にくる「ヒゲじょり攻撃」に。父の愛情を感じる人がいる。
そして私は、話しを聞いてもらうことにそれを求めていたのだろう。

だから私は話しを聞こう。
今日も明日もあさっても。

「キョウハナニシテアソンダノ?」