2010年1月

第46回
コトバのチカラ


「明けましておめでとうございます」
「迎春」「笑う門には福来たる」
日本のことばには、心の奥が清々しい湧き水で満たされるようなおもむきがある。

私はそんな「ことば」に魅せられ、大切にしている。
そしてそれは書や文章、セミナーを介し、私の表現活動に結びついてもいる。

ことばには力がある。
そのことに初めて意識が向いたのは、まだ陽だまりサロンを開く前のこと。
ラジオの「コトバのチカラキャンペーン」がきっかけだった。
「あなたの心に残る歌や、勇気づけられたことばをエピソードを添えて送ってください」。

「心に残る歌」「勇気づけられたことば」。
瞬間、頭の中に槇原敬之の「どんなときも。」が流れた。
22歳、就職したての姿と共に。
私はとっさにペンをとり、一気に走り書きした。

 大学を卒業し、私は幼い頃からの夢だった幼稚園教諭になりました。

 表向きは元気で楽しげな仕事ですが、排便や鼻水の始末、ケンカの仲裁、20人分の食べこぼしの片付けと、目の回るような忙しさ。女ばかりの職場にもなかなかなじめませんでした。

 大学で同じ学部を卒業した友人はみんな、小中学校の先生として安定した給料とボーナスをもらい、新車に海外旅行にと華やかに暮らしているように見えました。

 一方私は、少子化に泣く個人経営の小さな幼稚園で、アパートの支払いと食べていくのがやっとの状態。 好きで就いた仕事でしたが、なんだか自分がみすぼらしく、みじめに思えたものです。

 そんな時、ラジオから流れてきたこの歌詞にはっと息をのみました。

 ぼくの背中は 自分が思うよりも正直かい?

 そうだ。私はお金のためにこの仕事を選んだのではない。 子どもの笑顔が見たくて自分で選んだ道なのだ。 私は、富や名誉のためでなく、自分の気持ちに正直に生きていこう。 そう気付いたのです。

 あれから12年。結婚、流産、閉園によるリストラと、私の人生にも様々な波がありました。迷った時、落ち込んだ時、決まってこの曲が頭に浮かびます。

 どんなときも どんなときも 僕が僕らしくあるために

 この歌がいつも、私の行くべき道を一筋の光りで照らし出してくれるのです。

                     若松亜紀


ありがたいことにこれが入賞し、掲載された本と副賞のカニが手元に届いた(「コトバのチカラ」 PHP研究所 )。

その本には、たくさんの人の「ことば」とエピソードが載っていた。

ことばには力がある。
確かに、ある。

本の中の、ひとつひとつの物語に「コトバのチカラ」が確信となった。 

そしてその後、「ことば」が私の生きる軸となった。
次号、それについて書いてみたい。

あなたが、勇気づけられたことばはなんですか?