2010年5月

第50回
父のみそ汁


春。
桜のつぼみが「もうそろそろ」と花開く準備をしている頃。
生まれて初めてかもしれない。
父と2人きり、一晩を過ごすこととなった。

「ただいま」。
誰もいない家に向かって声をかける。
実家なのに、なぜだか少し緊張。
いつもなら「おかえり」と迎えてくれる母が留守だから。
無口な父と2人だなんて、この長い夜、何を話そう。何をしよう。

がらり。
玄関の引き戸があいた。
「お?帰ってたか」、私の靴を見とめた父の声がする。
「うん、ただいま」。
見ると父は腰にかごを下げている。
「アザミをとってきたんだ。みそ汁にするといい」

「みそ汁にするといい」と言われても。
アザミなんて食べたこともなければ、まして料理したこともない。
どうしようと思っている私に、父は「ちょっと待ってろよ」と告げ自ら台所に立った。
「へ?」
父が料理をするなんて。
思わずカメラを取り出し記念撮影。ぱしゃっ。

「こうやって煮立っている中に入れるんだ」
「するとな、青い色が鮮やかできれいなんだ」
そんなうんちくを語りながら、たどたどしい手つきで葉を放つ。
「あっこが来るっていうから、川に行って採ってきたんだ。
アザミは春一番の山菜なんだよ」
みそ汁の中に、目に染みるほどの青緑がぱーっと広がった。

やわらかめのごはんと、焼きたてのシャケ、そして父お手製のみそ汁。
スルメをあぶってビールを開ける。

父が思い出話しなどぽつりぽつり話す。
私はそれを、父のグラスにビールを注ぎながら静かに聞く。
父の歴史のこと、好きなこと、苦手なこと。
ビールの量に比例して言葉数が増えていく。
「なんだ、今日は変だな。
あっこにつられて、あれこれしゃべってしまったな」
父はふふんと笑って残りのみそ汁を口にした。

ずっと父が嫌いだった。
無口なくせして、「勉強しろ」だけは毎日欠かさないところ。
酔えば玄関先で寝込んでしまうところ。
私には厳しかったくせして、孫にはチョコもテレビも好き放題させるところだって。

それが変なの。
今日はなんだかそんなのどうでもよくなっていく。
お腹の中にあたたかいものが広がっていく。
この熱いみそ汁のせいかな。

父に対するわだかまりも、苦手意識も話しにくさも。
みそ汁の湯気と一緒に、ふわり手放した夜だった。