2011年4月

第61回
命への責任


「こんな時にやるの?」
大地震の後の余震が続く。
そんな中、子ども会の歓送迎会開催が危ぶまれた。
会長の私が決断を迫られる。

娘がぽつりつぶやいた言葉が、ふっと、耳によみがえる。
「・・・楽しみなこと、ぜ〜んぶ、なくなっちゃった・・・」。
娘の卒業を祝う両家の集まりも、春休みの旅行もみんな、あの地震でキャンセルになった。
「生きてるだけで丸もうけ!」。
娘と自分を鼓舞してみても、沈んだ顔は変わらない。

その時、仲間が力強く言った。
「こんな時だから、やろうよ!」
「・・・よし、やろう!
 こんな時だから、子ども達を楽しませよう!」
仲間の声に背中を押され、そう、決めたんだ。

でも本当は、内心びくびくだった。
だって100人弱の命を預かるんだもの。
前日も、前々日も揺れたんだもの。
もし最中に地震が来たら?
もし誰かが逃げ遅れでもしたら?
もし・・・。もし・・・。
「もし」が頭を渦巻く。
けれどその日は、容赦なくやってきた。

朝の打合せ。
係として集まったお母さん達に向かい、いつになく真剣な面持ちで話し始めた。
「各班担当のお母さんにお願いです。
 自分の班のお子さんを、しっかり把握していてください。
 緊急警報が鳴ったら、すぐに逃げられるよう、サッシに張り付いていてください」

次の言葉が出るまで、間があった。
それは、言ってしまうのが怖かったから。
言ったら後に引けないから。
それだけ重い、勇気のいる言葉だったから。

心を決め、気持ちを落ち着け、声を振り絞った。
「ですが、何があっても、あなたのせいにはしません。
 責任は全て、私がとります」

声が震えているのがわかった。
心臓がどきどき言っているのがわかった。
お母さん達の口元が、きゅっと引き締まった。
「だからあなたは臆することなく、のびのびと自分の役目を果たしてください」

────「責任は全て、私がとります」
これは「命への責任」という意味だ。
こんな時にやる以上、子どもの命を預かる以上、それくらいの覚悟が必要だった。
こんなことを言うのはきっと、私の一生かけたって、後にも先にもこの時だけだろう。

幸い歓送迎会中は、ちっとも揺れなかった。
「楽しかった〜!」
「よかった、よかった」
「明日もやりたい!」
「明日も?やだよぉ。寿命が縮むわ」
子ども達の笑顔が最高の見返り。
この笑顔が見たくて、この声が聞きたくて、みんなが力を合わせた。

今、この非常事態の中、たくさんの人が覚悟を持って「命への責任」をとっているのだろう。
「子どもに笑顔を」とサッカー少年を集めて行った教室。
「たとえ揺れても行います」と卒業式を決行した校長先生。
お店を開く人、イベントを開く人、開業する医院の先生も、きっと。
その気高い精神に、強い心に、私はただただ感服するしかない。

「お母さん、ビンゴで一番いいのもらっちゃった!」
娘のはじける笑い顔に、ふにゃ〜、肩の力が抜ける。
「どれどれ?一番いいの、見せて」
会長の顔からお母さんの顔に戻る。
ほっとして、気がゆるんだら、じわあっ。涙が、あふれ出た。