2011年9月

第67回
喜んでする


「子どもは生後4ヶ月くらいになると『私を喜ばせてください。そして、あなたも喜んでそれをしてください』と思っているんですよ」

これは「子どもへのまなざし」を書かれた児童精神科医・佐々木正美先生のことばです。多数のご著書の中にも登場し、ひょんなことから実現した東京での対談の席でも同じことをおっしゃっていました。

「私を喜ばせてください。そしてあなたも喜んでそれをしてください」
わかるような、わからないような。
飲み込めるような、こめないような。
そんな、かんでもかんでもまだ噛めないグミみたいな理解力の私。
ですがその後、台風で東京に足止めされたことで腑に落ちたんですよ、これが。

翌朝、ホテルのレストランに朝食を取りに行きました。
誰でもお腹がすくのは同じ頃のよう。結構な混み具合です。
見ると皆さん、朝食券を出しているではありませんか。

「あのぉ、この券はどうすればもらえるんですか?」
「朝食付きの宿泊ならもらっているはずです」

ウエイターさんがきっぱりと、無表情に答えます。

「それがなくても、現金で支払えばいただけますか?」
「はい、かまいません」

そう言いながらも、イライラした指先が、とんとんとテーブルをたたいています。

──────  歓迎されていないなぁ。

そう感じた私は、いたたまれなくてその場を後にしました。

とはいえ、「ぎゅるる〜」おなかは正直です。
外に出て「どこか、ごはん屋さんはあるかな」と探しました。
すると道路の向こうに「モーニングセット480円」の看板が。
「これだ!」早速その小さな喫茶店に入りました。

「いらっしゃい」
ぬくもりのある声と笑顔。2人の女性が迎えてくれました。
「ごはんが食べたい」と思った私がメニューをひっくり返していると「朝はパンのセットだけなんだよ。それでもいいかい?」と年配のおばちゃん。

「はい、ではそれをお願いします」
「コーヒーはホットがいい?アイスがいい?」
「ホットでお願いします」

なんだろう。声のせいかな、表情のせいかな。
迎えられた時も食事中もずっと、揺りかごの中で守られているような安心感を覚えました。
「あの、もう少しいてもいいですか」と食事を終えた私。
「いいよ〜、いつまででもゆっくりしてってね」と、ちょっと若い店員さん。 

───── ああ、居心地いいなぁ。

そう感じた瞬間でした。
「ストン!」、佐々木先生のことばが腑に落ちたのは。

お腹を満たすだけだったら、レストランでも喫茶店でも望みはかないます。食べものを入れて「私(のお腹)を喜ばせる」ことは、どちらでもできます。
ですが「あなたも喜んでそれをして」いたのはどちらでしょう。
「お客さんが来てくれてありがたい」と。
「相手を満たせて私も嬉しい」と。
そんな気持ちで接してくれたのはどちらでしょう。 

それは紛れもなく喫茶店でした。
あたたかな声にほほえみに、「受け入れられている」「大切にされている」と感じました。
「私はここにいてもいいんだ」と、珈琲を飲み終わって30分も居座ってしまいました。

きっとこれが、佐々木先生の言っている答えです。

めんどうな仕事を片付けるように子どもの世話をするのか。
それとも、お母さん自身が喜びを感じてするのか。
そんなお母さんの態度によって、子どもは自分を見る目が決まります。

前者であれば「お母さんをわずらわせる、いけない自分」と捉えるかもしれません。
後者であれば「お母さんに愛されている価値ある自分」と思えるのではないでしょうか。
子どもが自分の存在を否定的に捉えるか肯定的に捉えるかが、ここにかかっています。 

─── ああ、台風のおかげでいいことに気付いちゃった♪

おばちゃんに「ありがとう」して、ぴかぴかに晴れ渡った青空の下へと飛び出しました。