2012年3月

第72回
長靴の跡


どか雪が降った朝。
そんな日は、人の温かさが心にしみる。
自分の敷地のほかに、歩道まで雪を寄せてくれる家があるから。

一晩で20センチも降ると、1年生ならブーツまで埋まる。
「もふもふする~」
「ゆき、はいっちゃった」
大騒ぎで歩いていても、そんな家の前に来るとウサギみたいにぽんぽん跳ねる。
足も心も軽くなるのだろう。

なんて優しい家なんだろう。
知らない誰かのために、心をつくせるなんて。
顔もわからないその人たちに感謝して、私も「ありがとう」と通らせてもらう。

ところで。その通りには、いつも強面で外を眺めるおじさんがいる。
腕を組み、眉間にしわを寄せて、道行く人を見つめる。
その姿は威圧的でさえある。
「こんにちは」と声をかけても返ってこないので、私もいつしか声をかけなくなった。
そんなおじさんが。

その日も「もふもふ」の日だった。

歩いていくと、ふと無数の長靴の跡が目に飛び込んできた。
雪を「寄せた」のではない。
長くつで「踏んで」道を作ってくれていたのだ。
それが、その家の幅の分だけ続いている。

それを見て、思い出したことがある。
私が小学生の頃。
雪の日には母が「踏み俵」をはいて雪を踏み、玄関から道路までの「道」を作ってくれた。
雪を踏むのは、寄せるのとはまた違った体力と根気がいる。
「あっこが雪だるまにならないように」
雪深い地で、母はいつも頭に雪を積もらせ、上気した顔で踏んでいた。
その真っ白い雪の上を、まあるい跡に導かれ、赤いランドセルの私が駆け抜けたっけ。

ああきっと、この家の人もそんな気持ちで見守ってくれているのだ。
子どもたちが雪だるまにならないように。
元気に登校できるように、と。

「いったい誰が?」
ふと足元から目を上げると、そこは。
果たして、あのおじさんの家だった。
「あ・・・」
私はことばをなくし、しばらくそこにたたずんだ。

こんな日は、人の温かさが心にしみる。
今度会ったら、また「こんにちは」を言おう。
長靴の跡に、おじさんのぬくもりを見た朝だった。