2013年5月

第86回
今日はカメラを置いて


お出かけが嬉しい季節となりました。
緑の木の葉。きらきら光るこもれ日。
その向こうには、待ちに待った青い空!
カメラやビデオの出番もぐーんと増える頃でしょう。

先日、テレビ局の方がインタビューに見えました。
そのカメラマンさんに、ホームビデオの上手な写し方を尋ねると…。
意外や意外、こんなお話が伺えました。

「カメラもビデオも、安いので十分!」と。
「ぼくはプロだから、いい映像を撮る自信がある。
だけどね、プロのぼくにも絶対撮れないものがある。なんだと思う?
それは、親にしか見せない顔」

親にしか見せない顔。
安心しきった顔。ゆったりした表情。
それから、寝返りの瞬間や、歩き出す瞬間、などなど。
それを切り取るのに、高級な機材なんかいらない。
小さいものを常備して、いざという時パッと出せる。
それがいいのだそうです。

「機械はどんどん進化する。
けれどみんな、機能を求めすぎて、便利が生んだ不便利になっている。
いい写真を残そうとして、カメラばっかり見てるでしょう。
子どもに目が向いていないでしょう」
ああ、私もそんなとこあるな。

「子どもの側に立ってみて。
運動会で走ってきたとするよ。
カメラで顔が隠れたお父さんと、『よくやったな』って笑顔で迎えてくれるお父さん。
子どもは、どちらを求めていると思う?」
確かに確かに。

「望遠レンズの距離が、子どもとの距離。
レンズが長い分、子どもと心が離れてしまう」
それでも撮りたい、残しておきたいのが親ごころ。
では、どう撮ればいいのでしょう。

「10年たって見返した時に、顔のアップだけ映ってたってつまんないでしょ。
友だちも入れ込むとね、『あ、あの子、こんなに太ってた?』とか話題になるんだよ。
あと、お母さんが作った弁当とかね。
そんなふうに、『あとで会話が生まれる絵』。それが最高」
ふむふむ。

「それから、ここが大事。
余力を残すこと」
全部写さなくていい、全部残さなくていい。
それは会話で埋めればいい。

だから。
フィルターを通さず、肉眼でまっすぐ子どもを見ることも忘れずに。
そこから見える姿もあるよ。

さてと。今日はカメラを置いて出かけるとしますか。