2014年1月

第94回
パンの香りと共に


大住に、小さな小さなパン屋さんがあります。
陽だまりサロンにも週1回販売に来てくれる、「むぎの音」です。
「おいしい!」
「ここのパンなら子どもに安心」
「お店はどこにあるんですか」
よく聞かれるのですが、場所がちょっと説明しにくいのです。

わかりにくい場所にあって、そこに至る道路が、また狭い。
店内も、1人2人入ると、もう手一杯な感じです。
そのわかりにくさや狭さは、商売をする者にとって致命的かもしれません。
なのにそこにはお客様が次々やってきて、人気のパンは昼前に売り切れてしまいます。
サロンにも「パン屋さんねらいで来ました~」と、決まって水曜に来る人がいるほどです。

その人気のヒミツはなんでしょう。
今回はそれを探ってみましょう。

「こんにちは、お待たせしました!」
そう言って売り子さんがトレーを広げると、子どもより先にお母さんたちが駆け寄ります。
そうして「これはなんですか?」「こっちは?」と質問タイムが始まります。
そこでいつも「すごいなあ」と思うことがあります。
それは、「毎回、何かがちょっとずつ違う」ということです。

「これは、今の時期に出回るイチジクを練りこんだものです」
「こっちのカレーパンは、前のよりもちょっと辛いです」
「粉の配合を変えてみました。食べた感想を教えてください」
来るたび何かが変わってる。それって、すごくないですか?
そのアイディアは、熱意は、チャレンジ精神はどこから来るのでしょう。
そこにまず打たれます。

もちろん定番もあります。息子の好物は「味噌パン」。
地味な名まえですが、あなどることなかれ。
甘く練った味噌を乗っけて焼いたそれは、口の中にふんわりと香ばしさを広げます。
味噌たんぽを見たら食べずにいられない人なら、きっとハマるはず。
(と力説していたら買う人が増え、入手困難になってきました。控えねば)。

そしてまた、売り子さんがいい。パンの説明の後に、個人的な感想が加わります。
「中にあんことクリームチーズが入っていて、口の中でとろ~っと溶け合うんです」
「それ、自分も食べてみました。豆がごろごろ入っていて食べ応え十分です」
聞いてるだけでよだれがたれそうです。はたまた
「この焼チーズの耳は、大人が食べるとたまらないんですが、子どもは苦いと言いました」
なんてことも。正直です。
だから信用できて、だから心が動いて、だから「試してみようかな」という気になります。

定番を守りながらも、新しいことに取り組み続けるチャレンジャースピリッツ。
それを支える売り子さんの食欲、いえ、正直さとお人柄。
それが絶妙に絡み合って、あのパン屋さんは前進を続けているんじゃないでしょうか。
そしてその、ひたむきさや遊び心に、私たち客が吸い寄せられていくのでしょう。

「私も、進化しなくちゃね」
あのパン屋さんはそんな、前向き空気も運んできてくれます。
おいしい香りとともに。