2014年11月

第104回
思い出は「特別」がなくても


「おもちゃインストラクター」をご存知ですか?
「楽しくなければ遊びじゃない!」を信条に、遊びの世界を広げる活動をしています。身近なものを使い、子どもが本来持っている「自由に遊ぶ力」「遊びを作り出す力」を引っ張り出してくれるのです。

先日、独身者と子どもが一緒に遊ぶ「体験講座」がありました。
そこに来てもらいましたよ、「おもちゃインストラクターさん」に。
「初めてなのでドキドキします」と始まったそれは、大人も子どもも夢中にさせるものでした。

用いたのは、なんと! 新聞。
ほぼそれだけです。
それだけなのに、驚くほど多彩なこと!!
「新聞しっぽ取り」に「新聞こより相撲」、「新聞棒」を作っての、皿回し大会。
そのほか身体に張り付けて走る「新聞リレー」や、「新聞ファッションショー」「新聞陣取りゲーム」、「新聞びりびりプール」もできそうです。

「横と縦だと、切れ方が違う」との発見あり、「ここは、こうするといいよ」と子どもが先生になる場面あり、「わたしの新聞は強い!」と初めて聞く日本語を発する者あり。
どの顔も、新聞相手に真剣そのもの。
「対戦」する時は、目にいたずらっぽさが加わって、み~んな子どもに戻ったよう。

「家にあるもので、こんなに遊べるんですね」
「アイデア次第でなんとでもなるんだ~」
「子どもが楽しそう。と言うか、自分も楽しい!」
さまざまな感想が飛び出しました。

インストラクターさんは、こんなことも話してくれました。
「テレビやスマホを見せるのは簡単だし、ラクちんです。
けれど身近なものでこれだけ遊べるって、すごいことじゃないですか?
親戚が集まった時に『スマホを貸してくれるお兄ちゃん』ではなく、『一緒に遊んでくれるお兄ちゃん』になってほしい。
その方が、楽しかった記憶としてずーっと残りますよ」と。

そういえば。
一回り上のいとこ達との思い出は、テレビやゲームよりも、動いて一緒にした体験。
棒で土俵を描いて相撲をしたり、パンツ一丁で川遊びをしたり、夜になればおふとんプロレスが始まったり。
そりを軽トラの後ろにつけて引っ張ってもらったのは、今でも親に内緒です(←こら)。  

泣いたり笑ったり、くすぐったかったり痛かったり。
草で手も切ったし、犬を連れればうんちがくさかったし、ケンカして鼻水も出ました。
そうしていつの間にか仲直りして、また同じ釜の飯を食べましたっけ。

そうだね、そんな思い出、テレビやゲームじゃ作れない。
私もおもちゃインストラクターさんに習って、サロンの子どもといっぱい遊ぼう。
特別なイベントなんてなくても、特別な道具なんかなくても。
「なんだか楽しかったな」。
幼かった日々を、そんなふうに思い返してもらえるように。