2015年5月

第110回
旅立ちの朝に



太陽の光で目が覚める。
まぶしい季節がやってきた。
天窓から見えるのは、青く青く澄んだ空と、高く高く流れる雲。
緑の木々も、家々の花も、「気持ちいいね」「そうだね」とささやき合っているかのよう。

「朝だよ、起きて」
部屋をノックし、娘の体をぐらぐら揺らす。
「・・・」
「おーい、6時だよ、起きて」
「う~ん」
毎朝これを5分刻みで3度ほど。
ようやくぼさーっと起き出す。それが娘の日課だ。

こんなこと、いつまで続くんだろ。
そう思っていた。
けれど、今は違う。
ずっとずーっと続けていたい、そんな気にさえなっている。

娘のノンは高校2年。
バスケのマネージャーをして、友だちとコンビニで買い食いする。
家ではさっさと夕飯をすませ、スマホをしたり、大量の宿題に追われたり。
しまむらで服を買い、将来は都会にも出てみたい。そんな普通の女子高生だ。

今までと違うのは、この朝の日課にタイムリミットが見えてきたこと。
5月のまぶしい季節を一緒に過ごすのも、あと一度きりかもしれないこと、だ。

高校に入るとのっけから、「進路アンケート」なるものが渡される。
否が応でも近い未来を考えさせられる。子どももそして、もちろん親も。
一晩も二晩も考えて、ようやくノンが出した答えは。
「県外の学校に入って、ブライダルプランナーになりたい」
「・・・そっか」

やりたいことを見つけたんだね。
なりたいものを見つけたんだね。
喜ばなくちゃね、お母さんも。

そうそうノン、お母さんが大学に進むため家を出る日ね、おばあちゃんが泣いたんだよ。
あの日の朝ごはんは、なぜか二人きりだったな。
おばあちゃんがへんにしんみりしちゃってさ、紛らすために私が言ったの。
「母さんあのね、さみしくなったら、隣のおばさんのとこに行くといいよ。
おばさんと話せば、さみしくないでしょ?」

それが返ってまずかった。
おばあちゃんたら急に泣き出して、「うん、うん」しか言えなくなったんだ。
ご飯なんて手つかずのまま、じゃがいものおみそ汁が冷えちゃって。
時計の鳴る音だけが、ずっとカチコチ響いてたっけ。
私は希望に燃えていたけど、子どもを手放すおばあちゃんは切なかったんだね、きっと。

先日の母の日。眠ろうと布団に行くと枕にぽんと何かがあった。
手に取るとそれは、ノンからの手紙。
それにはたくさんたくさん「ありがとう」が並んでいた。
「ご飯を作ってくれてありがとう。
部活着を夜のうちに洗ってくれてありがとう。
メロンパン食べたいと言うと買ってくれてありがとう。
元気のない日、何回も何回も抱きしめてくれてありがとう」って。
いやぁ、照れる~。

けどね、ノンからしてもらったこともあるんだよ。
お母さんは、お母さんにしてもらった。
ノンが生まれてきてくれたから、お母さんはお母さんになれた。
眠くなると体温が上がることも、
子どもが熱を出すといても立ってもいられないことも、
雨が降ると「ちゃんと帰って来るかなあ」ってずっと窓の外が気になることも。
全部全部ノンが教えてくれた。
それだけで、もう十分。

送り出す朝、私は泣くかな、笑うかな。
それまでに、あと何度この朝を迎えられるだろう。
明日から頭でもなでなでして、ちょっと優しく起こそうか。
「朝は、心地よかったな」
そう思い出してもらえるように。