最近「子ども事情」AD/HD の理解と対応 2001年9月

第2回目
評価されたくない


 ヒロシくんは小学校1年生、学校の授業や行事にまったく参加しないとのことで、お母さんに連れられてやってきました。彼は、他の子達のまわりにはいるものの、先生の指示を受けつけようとしません。無理に参加させようとすると、泣きながらの大騒ぎになってしまいます。

 クリニックでは通常、発達検査を行います。ただ、ヒロシくんの場合、ちゃんと応じてくれる可能性が少なそうです。そこで、ゲームをすることにしました。黙ってやっている内は順調ですが、試しに「それは違うよ」というと、緊張した表情を見せます。「教えてあげようか」といっても、素直に応じません。彼は、だんだんとゲームへの興味を失っていきました。

評価に過敏な子どもたち

 ヒロシくんは、「それは違うよ」に反応しました。「間違っている」という指摘が、彼にはどうも辛そうでした。「教えてあげる」も、ゲームを楽しむためです、通常ならば「教えて」となるはずです。ところが彼は、固まってしまい応じようとしません。

 「教えてあげる」には、その前提に「君は知らない」という考えがあります。「違うよ」も、「教えてあげる」も、両方とも子どもを評価した上での声かけです。この評価されることに、非常に過敏な子がヒロシくんといえます。

 ヒロシくんのような子は、評価されることを怖れ、結局は、大人が一緒のさまざまな活動に参加できなくなります。このような活動には、常に評価がつきまとうからです。それが発展していくと、「不登校」となり、さらには「引きこもり」につながっていく怖れがあります。

評価ばかりではたまらない

 ただ、私たちも自分が評価されることについては敏感です。評価には、「良い評価」と「悪い評価」があります。評価される場合、当然ながら悪い評価もありうるからでしょう。考えてみると、子ども達の毎日は、「評価される日々」ともいえます。

 家や園・学校で、「いい子—悪い子」「できる子—できない子」「頭がいいー悪い」など、毎日毎日評価されています。ではどうして、評価地獄を乗り越えていけるのでしょうか。

行動の評価だけでなく、存在を認めること

 それはきっと、子どもが自分の存在をまるごと肯定されている、認められているという感じを持っているからでしょう。だから、個々の言動への評価に、過敏にならないでいられます。ヒロシくんのお母さんには、先生も含め、「ありがとう」とか「お兄ちゃんだね」などと伝え、なにしろ彼の存在を認めてあげることこそ大切と伝えました。