最近「子ども事情」AD/HD の理解と対応 2004年6月

第21回目
友達の役割とは


 前回、グループ活動が苦手な子が多いと述べました。マイペースで社会性も幼く、それも影響して「みんなで一緒に」という集団活動が苦手なのでしょう。ただ野球やサッカーなど、運動系のクラブ活動では、違った姿を見せるAD/HDの子もいます。チームの一員という自覚を持ち、勝利に向かい懸命に役割を果たします。多動の子には、曖昧な指示はわかりづらいといわれます。ことばで明確に、行動目標を示すことが子育てや指導の原則ともされます。勝ち負けを競う試合は、目標がわかりやすく懸命になれるのかもしれません。

友達ができにくい子ども


 多動の子たちのなかには、友達ができにくい子がいます。このような子が、小学校高学年から中学生にかけて、友達がいないことを悩みだすことがあります。

 一般的に、小学校高学年あたりから、子どもは仲間との遊び方を変化させます。それまでは、おもちゃやゲームなどで遊びます。ところが5、6年生になると、モノやゲームがなくても友達との話が続くようになります。ときには生きることの意味など、非常に抽象的な物事がテーマになることもあります。

 ここで重要なのは、話をすることそのものが目的になることです。このなかで、互いに自分を語りあい、ときには深い理解にいたり、親友となることもあります。つき合いの中では、友達の考え方をおかしいと思えば、それを指摘します。友達という忌憚のない関係のなかで、人への理解を深め、自分の考えを修正できるようになるともいえます。

 友達がいないことの問題点は、自分の考えに固執し、修正できにくくなることです。人の意見をまったく受け入れようとしない、極端にかたくなな子もいます。実際に、学校などで問題をかかえる子どもたちには、共通してそのような傾向が見られます。友達がいない子、少ない子は、まわりの大人がこのことを認識する必要があります。

 自分のことに悩みはじめ、社会の出来事に興味を持ち出したならば、真剣に話を聞き、おかしさを指摘していくべきです。こうしないと、人のこと、社会のことなどに、大きな誤解をもってしまう可能性があるからです。

人生の重要事とゲーム漬けの日々


 子どもと会うときには、「ほしいモノは何か」とたずねることにしています。最近顕著なのが、欲しいモノとして「テレビゲーム」モノをあげる子の多さです。百人中百人がそうなる日が近く来そうです。

 ゲームの主題は、おおむね勝ち負けです。「勝てばいい」との気持は、道徳心が薄い子を生み出す可能性があります。特に心配なのが、中学生や高校生になってもゲームばかりをしている子たちです。ゲーム漬けでは、生きることの意味など人生にとって重要な事柄を話しあえません。このことが、未熟な「大人」発生の一因なのかとも思います。